セイエド・モハンマド・マルンディは、1966年5月14日にアメリカ合衆国バージニア州リッチモンドで生まれました。彼はイラン系アメリカ人で、イランとアメリカの両方の市民権を持っています。父親はアリレザ・マルンディで、イラン最高指導者アリ・ハメネイの医師を務め、元保健大臣、国会議員として知られています。母親はパフラヴィー政権時代に政治犯として投獄された経験があります。マルンディは幼少期の最初の13年間をアメリカで過ごしました。リッチモンドで生まれ、6歳頃に家族とともにオハイオ州デイトンに移住しました。1979年のイラン革命後、13歳の時に家族とともにイランに戻りました。イラン到着時はペルシア語を話せなかったため、アルビー高校(イランのハードライナーが多く学んだ学校)で苦労したと語っています。
16歳の時、マルンディは革命軍に志願し、イラン・イラク戦争で戦いました。サッダーム・フセインのバアス党政権に対する戦闘に参加し、2回の化学兵器攻撃を含む4回の負傷を経験しました。戦争は1988年に終結しました。この経験は彼の人生に大きな影響を与えています。
マルンディはテヘラン大学を卒業し、イギリスのバーミンガム大学で博士号を取得しました。博士論文のタイトルは「Lord Byron, his critics and Orientalism」で、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』に対する応答として記述されています。論文は2003年に完成しました。彼の学問分野は英語文学、オリエンタリズム、ポストコロニアル研究です。
現在、マルンディはテヘラン大学の英語文学およびオリエンタリズムの教授を務めています。以前は同大学の北米研究プログラムの責任者を務め、アメリカ研究学科のメンバーです。彼の研究はポストコロニアル研究、文学理論、西洋のオリエンタリズム批判に焦点を当てており、多数の論文を発表しています。主な著作には、2015年の「Oppressors and Oppressed Reconsidered: A Shi‘itologic Perspective on the Islamic Republic of Iran and Hezbollah’s Outlook on International Relations」(ラファエル・マウリエッロ共著、Springer Publishing)、2018年の「The Khamenei Doctrine: Iran's Leader on Diplomacy, Foreign Policy and International Relations」(同共著、Routledge)などがあります。彼の学術的貢献は引用され、テヘラン大学のウェブサイトでプロフィールを確認できます。
マルンディはイラン政府と密接なつながりを持ち、2013年から2015年までの核交渉チームの顧問を務めました。また、2021年のウィーンでの核交渉にも関与したとされています。彼はイラン政府の「代弁者」として描写されることがあり、自身のウェブサイトでは「イスラム革命の著名なイラン擁護者」と紹介されています。国連決議に対する懸念を軽視し、JCPOA(イラン核合意)の離脱やトリガー機構の活性化でもイランに影響がないと主張しています。
マルンディは国際メディアで頻繁に政治・社会コメンテーターとして登場します。BBC、RT、CNN、CGTN、Al Jazeera、Almayadeen、Phoenix TV、Sky News、PBS、ABC、Channel 4などでゲストとして出演し、イランの地政学的立場を擁護し、西側の二重基準を批判します。また、Al Jazeera、Middle East Eye、Tehran Timesなどに意見記事を寄稿しています。代替メディアでも頻繁に登場します。2024年から2026年にかけてのテレビシリーズやドキュメンタリーにも出演し、例えば「La Longue Guerre : Israël - Iran - USA」や「Vremya」、「Morning Joe」などでイラン政府の顧問やテヘラン大学教授として紹介されています。彼の落ち着いた態度と明確な説明は、パレスチナ権利の擁護者として注目を集めています。
マルンディはイランのイスラム革命を擁護し、西側のナラティブに代替的な視点を提示します。2022年のサルマン・ラシュディ刺傷事件では、「ムスリムとイスラムに対する憎悪と軽蔑を吐き続ける作家に涙を流さない」とツイートし、核合意再活性化のタイミングとの関連を指摘しました。また、イスラエルを「民族優越主義」国家とし、ガザでの「ホロコースト」を非難する発言で、2021年にBBCインタビューで反ユダヤ主義的発言として批判され、BBC幹部が謝罪しました。英国の歴史家サイモン・シャーマはこれを「深く攻撃的」と非難しました。彼はまた、2020年の米国司法省のイランによるジョン・ボルトン暗殺計画の主張を言及しています。
マルンディの妻はレバノン出身のサルーメで、両者はハメネイの熱心な支持者です。彼はNFLのダラス・カウボーイズのファンです。ウェブサイト(mmarandi.com)では自身の生い立ちやキャリアを詳細に記述しています。